Route4 の後輩へ
「もっとスイングして」と言われても、何を変えればいいのか分かりにくい。
スイングの正体を、音の実験と、ジャズの歴史の地図でたどります。
01
音を拍のどこで出し、どこを強くするか。その積み重ねで生まれる「前へ進む感じ」がスイング。部活の「スイングして」も、この意味。
「スイング時代」「スイングの曲」という言い方もありますが、これはこのリズムで踊るビッグバンドが大流行した1935年ごろ〜40年代半ばを、そのリズムの名前で呼んだもの。もとはリズムの話です。
02
18分音符が「長・短」になる
よく「3連符の1つ目と3つ目」と言われる(長:短=2:1)。でも実際はテンポで変わる。遅い曲ほど強く跳ね、速い曲ほど均等に近づく。
下で音を鳴らして確かめられます。
2 : 1 は3連符と同じ長さです。
24つの拍をそろえて刻む(4ビート)
1920年代は、チューバが1・3拍だけを吹く2ビートが多かった。コントラバスに替わると、4拍すべてを同じ重さで刻む4ビートが広まった。上の実験で切り替えると、進む感じが変わる。
32拍目と4拍目
ドラムは、足で閉じるハイハットを2・4拍に鳴らす。ベースが4拍を支えるので、ドラムはシンバルで軽く流れを作れるようになった。
4セクションの掛け合いとリフ
サックスと金管が交互に呼びかけ合う。短いフレーズ(リフ)を繰り返して重ねる。ビッグバンドらしさの中心。
ベースは拍の「ちょっと前」?
Route4 では代々「ベースはドラムに被せるように、若干前で」と言われてきた。ただ、数十ミリ秒の前後は、聴いてもはっきりとは分からない大きさ。上の「ベースの位置」で、前・同時・後ろを聴き比べてみよう。くわしくはグルーヴはどこから生まれる?へ。
「スイングしていない」と言われるときは、1の跳ね方だけでなく、2〜4のどれかがずれていることも多い(書き手の考え)。
03
スイングのノリを支えるリズム隊は、1920年代から40年代のあいだに、楽器も役割も大きく変わりました。
→ ベースの話はグルーヴはどこから生まれる?でも扱っています。
04
1929年からの大恐慌[86]で、アメリカのレコードの売り上げは激減しました(1927年の約1億枚から1932年の約600万枚、という数字もありますが、資料によって違います)。代わりに広まったのが、家で無料で聴けるラジオでした[73]。1933年に禁酒法が終わると、人がバーやクラブに戻り、ジュークボックスでレコードがかかるようになります[85][90]。
1934年12月から、NBC のラジオ番組「レッツ・ダンス」でグッドマン楽団などが毎週放送されました。ヘンダーソンの編曲もこの番組のために書かれています[71]。エリントンのコットン・クラブ中継[24]、ベイシーのリノ・クラブ中継[9]も、ラジオで広まりました。
スイングは踊るための音楽でした。ハーレムのサヴォイ・ボールルーム(1926〜1958)では黒人も白人も同じフロアで踊り、リンディ・ホップが広まりました[72]。
05
横が年(1895〜1947年)、縦が流れです。点を押すと説明が出て、線でつながった相手が光ります。上の「部品」を押すと、その部品に関わる点だけが残ります。
1920年より前と1943年より後は詰めて描いています。上の帯は時代の背景です。スマートフォンでは地図を横にスクロールできます。同じ内容を下に年代順で載せています。
06
34件
拍の上でアクセントをずらす考え方
12小節の形と、ブルースの音づかい
事実ハンディは1912年に「メンフィス・ブルース」、1914年に「セントルイス・ブルース」を出版し、「ブルースの父」と呼ばれます。「セントルイス・ブルース」は1925年にベッシー・スミスがルイ・アームストロングと録音しています[12]。
見立てビッグバンドの曲にもブルースの形でできたものが多い(下の「ワン・オクロック・ジャンプ」など)。12小節で一回りする感覚は、ここから来ている。
出典:[12]
レコードで、ニューオーリンズの音楽が遠くまで届き始める
複数の管楽器が同時に即興で絡む、ニューオーリンズの合奏
セクションどうしの掛け合い、ダンス楽団とソロの合流
4拍を均等に歩くベース
踊る人がいて、楽団どうしが競い合う場所
事実1958年まで続いたハーレムの大きなダンスホール。黒人も白人も同じフロアで踊れた、早い時期の場所の一つとされます。リンディ・ホップというダンスがここで広まりました[72]。
出典:[72]
合奏の中から、1人のソロが前に出る
低音がチューバからコントラバスへ
事実エリントン楽団で最初の常任のコントラバス奏者です。指で弾く、弦をたたく(スラップ)、弓で弾くを使い分けました。多くのダンス楽団が低音をチューバからコントラバスに替えるきっかけの一つになったとされます[56]。
出典:[56]
ラジオで楽団の音が全国に届く
事実エリントン楽団は1927年12月4日からハーレムのコットン・クラブの専属楽団になり、1931年まで務めました(終わりの時期は資料によって違います)。クラブからのラジオ中継(1929年9月からはNBC)で全国に名前が知られました[24]。
出典:[24]
女性の編曲者が楽団の音を作った例
若い白人の客にジャズのダンス楽団が広まる
事実メンバーが共同で経営した楽団。1930年ごろには大学生のあいだで人気になりました。グッドマンより前に、速いジャズと甘いバラードを混ぜた演奏をしていたと言われる一方、合奏が機械的だという批判もあります[64]。
出典:[64]
客と掛け合う歌とショー
事実エリントンのあとのコットン・クラブで人気を得た楽団のテーマ曲で、1931年に初めて録音されました。「ハイデホー」の掛け声は、クラブからのラジオ中継で歌詞を忘れたときに生まれた、とキャロウェイは自伝に書いています[70]。
出典:[70]
「リズムの感じ」を指す言葉として、すでに使われていた
ブルー・デヴィルズの人たちが合流し、ベイシー楽団の原型になる
4ビート一色ではなかった。2ビートでも跳ねる楽団があった
事実1933〜34年にコットン・クラブなどで人気を得ました。編曲者のサイ・オリヴァーは、4ビートではなく2ビートを生かした「ランスフォード・スタイル」を作ったとされます。「'Tain't What You Do」は1939年1月3日の録音です[63]。
出典:[63]
ヘンダーソンの譜面が、ラジオとダンスホールで全国のヒットになる
リフを重ねる演奏、ブルースの形、4ビートのリズム隊が1つの楽団にそろう
事実ベイシーの楽団はカンザスシティのリノ・クラブから、実験放送局 W9XBY で中継されていました。1936年にこの放送をシカゴで聞いたプロデューサーのジョン・ハモンドが楽団を東部へ呼び、13人ほどの編成に広げさせました[9][32]。曲名「ワン・オクロック・ジャンプ」はリノ・クラブの放送から来ているとされます。録音は1937年7月7日、ニューヨークのデッカ(Decca 1363)[33][34]。12小節のブルースで、サックス、トランペット、トロンボーンの順に短いリフが受け渡されていきます。各セクションがほかのセクションの音を聴いて自分のパートを決める「ヘッド・アレンジ」でできたとされます[33][52]。
見立てリフが受け渡されていく所が聴きどころ。どのリフも短く、覚えて吹ける長さなのが分かる。④の「掛け合いとリフ」がそのまま曲の形になっている。
出典:[9] [32] [33] [34] [52]
4ビートとハイハットの、完成形のひとつ
踊る人の前で、楽団どうしが競い合う場
ダンスの音楽が、演奏会場でも聴かれるものになる
人気の裏にあった人種の壁
事実1938年7月に録音した「ビギン・ザ・ビギン」が大ヒットしました。同じ年、歌手のビリー・ホリデイを楽団に迎えます。白人の楽団が黒人の女性歌手を専属にして南部を回った最初の例とされますが、巡業先での差別もあり、数か月で去りました[65]。
出典:[65]
ドラムの「刻む場所」がハイハットからライドへ
事実速い曲でバスドラムが追いつかなくなり、拍をライド・シンバルで刻み、バスドラムとスネアは不規則なアクセント(「ボム」)に使うようになった、と伝えられています。踊りにくいと言われて一度は楽団をやめさせられ、のちにミントンズの専属になりました[62]。
出典:[62]
短いリフの繰り返しでできた曲が、大きなヒットになる
ビッグバンドのソロイストが、小編成で長く前に出る
事実ベイシー楽団のテナー・サックス奏者レスター・ヤングの曲で、ベイシーの小編成カンザスシティ・セブンが録音しました(Vocalion 5118)。「アイ・ガット・リズム」と同じコード進行でできています[45]。
出典:[45]
ギターが、リズムを刻む楽器からソロもとる楽器へ
メロディーよりコード進行の上で組み立てるソロへ
ベースが、支える楽器から歌う楽器へ
大編成で踊る音楽から、小編成で聴く音楽へ
事実1938年に開いたこの店で、1940年代のはじめにセロニアス・モンク、ケニー・クラーク、チャーリー・クリスチャン(当時グッドマン楽団のギタリスト)、チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピーらがジャム・セッションをし、ビバップが形になっていきました[47]。
出典:[47]
楽団のテーマ曲として、いまも演奏され続けている
カンザスシティのブルースから、ビバップの主役が出てくる
スイングの楽団から、R&B へ
事実グッドマンの小編成で1939年に初めて録音された曲を、ハンプトンが自分の楽団で録り直しました。19歳のイリノイ・ジャケーのテナー・サックスのソロが評判になり、のちのリズム・アンド・ブルースにつながったとされます[69]。
出典:[69]
ビバップの始まりの時期が、レコードに残りにくかった
大編成で踊る音楽から、小編成で聴く音楽へ
07
地図に出てくる録音を年代順に並べました。音源はここには置かず、YouTube と Apple Music の検索結果へリンクしています(同じ曲の別の録音が出てくることがあるので、演奏者と年を確かめてください)。↗ を押すと、その曲の説明に飛びます。
| 年 | 曲と演奏 | 聴く |
|---|---|---|
| 1899(楽譜) | Maple Leaf Rag スコット・ジョプリン作 左手の刻みと右手のずれ ↗ | YouTubeApple Music |
| 1925 | St. Louis Blues ベッシー・スミス(コルネット:ルイ・アームストロング) ブルースの形 ↗ | YouTubeApple Music |
| 1923 | Dippermouth Blues キング・オリヴァーのクレオール・ジャズ・バンド 全員が同時に即興する ↗ | YouTubeApple Music |
| 1928 | West End Blues ルイ・アームストロング 冒頭のトランペット ↗ | YouTubeApple Music |
| 1931 | Minnie the Moocher キャブ・キャロウェイ 客との掛け合い ↗ | YouTubeApple Music |
| 1932 | It Don't Mean a Thing (If It Ain't Got That Swing) デューク・エリントン 曲名に「スイング」 ↗ | YouTubeApple Music |
| 1932 | Moten Swing ベニー・モーテン ピアノはベイシー、ベースはペイジ ↗ | YouTubeApple Music |
| 1935 | King Porter Stomp ベニー・グッドマン ヘンダーソンの編曲 ↗ | YouTubeApple Music |
| 1937 | One O'Clock Jump カウント・ベイシー リフの受け渡し ↗ | YouTubeApple Music |
| 1937 | Sing, Sing, Sing ベニー・グッドマン クルーパのタム ↗ | YouTubeApple Music |
| 1938 | A-Tisket, A-Tasket チック・ウェッブ(歌:エラ・フィッツジェラルド) サヴォイの看板楽団 ↗ | YouTubeApple Music |
| 1938 | Begin the Beguine アーティ・ショウ 大ヒット曲 ↗ | YouTubeApple Music |
| 1939 | 'Tain't What You Do (It's the Way That You Do It) ジミー・ランスフォード 2ビートのノリ ↗ | YouTubeApple Music |
| 1939 | In the Mood グレン・ミラー サックスのリフ ↗ | YouTubeApple Music |
| 1939 | Lester Leaps In カウント・ベイシーのカンザスシティ・セブン レスター・ヤングのソロ ↗ | YouTubeApple Music |
| 1939 | Body and Soul コールマン・ホーキンス コードの上で組み立てるソロ ↗ | YouTubeApple Music |
| 1940 | Jack the Bear デューク・エリントン(ベース:ジミー・ブラントン) ベースが前に出る ↗ | YouTubeApple Music |
| 1941 | Take the "A" Train デューク・エリントン 楽団のテーマ曲 ↗ | YouTubeApple Music |
| 1941 | Hootie Blues ジェイ・マクシャン(アルト:チャーリー・パーカー) 19歳のパーカー ↗ | YouTubeApple Music |
| 1942 | Flying Home ライオネル・ハンプトン ジャケーのテナー ↗ | YouTubeApple Music |
| 1955 | April in Paris カウント・ベイシー 「もう一回」のエンディング ↗ | YouTubeApple Music |
| 1957 | Li'l Darlin' カウント・ベイシー ニール・ヘフティの作曲・編曲 ↗ | YouTubeApple Music |
YouTube の映像は投稿者が公開しているもので、公式のものではない場合があります。
08
部の演奏会で取り上げた曲を、この地図のどの点につながるかで並べる予定です。演奏会の曲目を集めているところなので、まだ載せていません。
載せる曲は、作曲者・編曲者・元の録音の年を確かめてから足します。部の曲目に心当たりのある人は、部内で教えてください。
09
事実ブリタニカは、様式としてのスイングの時代を1940年代半ばまでとしています[1]。ジャズの新しい動きは、ミントンズのような小さな店での小編成の演奏(ビバップ)に移っていきました[47]。それでもビッグバンドがなくなったわけではありません。
事実ビバップでは、ドラムが拍の刻みをライド・シンバルに移し、バス・ドラムは「爆弾(ボム)」と呼ばれる強調に回りました。ベースは歩くように一定に弾くウォーキング・ベースを受け持ちました[92]。小さな編成で、リズム隊が「刻む」役から「ソロに返事をする」役にも広がった時期です。
事実1940年代の半ばには、戦時中の人手不足、録音禁止、歌手が独立したことなどが重なり、多くのスイング楽団が解散しました[101]。そのあとのビッグバンドは、ケントンのように新しい曲を書かせる楽団、ベイシーやエリントンのように続いた楽団、ガレスピーやハーマンのようにビバップや現代音楽を取り入れた楽団、というふうに分かれていきます[101]。
見立て部で演奏するビッグバンドの譜面の多くは、この戦後のベイシー楽団の流れの上にあります。スイングの「リズムの感じ」は、時代が終わっても受け継がれています。ベイシーとエリントンが同じ年代に「続いた」のに対し、ほかの楽団は新しい音を探しました。部の曲目を、「続いた側」か「新しい音を探した側」か、という目でも分けて見られます。
2026年10月26日に確認(56番以降は同じ日に追加。92番以降は10月27日に追加)。録音日は、できるだけカリフォルニア大学サンタバーバラ校の録音目録(DAHR)で確かめました。資料によって日付が違うものは本文に書いています。
誤りに気づいたら、お問い合わせから教えてください。